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60.デジャヴ(既視感) 初めて来たはずの場所なのに、なぜか目に映る景色を「過去」に も見たような気がする。初めて口にした話のはずなのに、相手の人 がしゃべっている内容や、その表情を、以前にもそっくりそのまま 見聞きしたような気がする・・・全身でそんな感覚にふと襲われる ことを、「デジャブ(既視感)」と呼ぶ。 今、テレビや雑誌でよく見かけるスピリチュアル・カウンセラー は、なぜ、相談相手の「過去」の姿が手に取るように「見える」の だろうか? アメリカで行われるようになってきた「前世療法」では、カウン セラーの導きによって、催眠状態にある相談者が、自分自身の「過 去世、前世」の人生を、自分の意識の中で“再現”して追体験でき るという。 もし、「時間」というものが、過去から現在に到り、さらに未来 へと向かって一方向へまっすぐに“流れて”ゆくものであるならば、 そして、人間の生命が、生まれてから死ぬまでの一度限りのもので あるならば、「過去(前世)」の体験をなぜ、「思い出す」ことが できるのだろうか? 初めての体験が「前にも体験したことがある」と感じるからには、 自分の人生の「未来」の体験を“先取り”しているということでは ないのだろうか? 「時間」というのは、本当に過去から未来に向かって、一方通行 で流れているモノなのだろうか? もしかしたら、あちこちでクネ クネと曲がりくねって流れていて、「過去」と「未来」がちょっと ぶつかって“出会って”しまうこともあるのかもしれない。 ぜんぜん別個の人間だと思っている人たちの“意識”と、自分の “意識”とは、肉眼に見えないだけで、一続きにつながっているの かもしれない。そうでなければ、「以心伝心」ということが起きる はずがない。 この世には、人間知を超えた不思議が満ち満ちている。そうした 不思議を、「そんなはずはない」と背を向け、目を閉じ、耳を塞い で無視してしまっては、つまらない。 むしろ、不思議を自分から発見しようと、意識を研ぎ澄ませてい ると、この世界の壮大さ、神秘性、美しさ、喜び・・・そんなもの が「見えて(観えて)」くるのではないかと思う。 最近、私は朝方によく夢を見る。夢の中で聞いていた音楽が、目 が覚めたあともしばらく、耳の奥で“無限ループ”して響いている こともある。 昔はなんだか、近未来的な鉄骨とガラスとコンクリートに囲まれ た冷たく大きな建物の中で、“何か”から逃げ回っている状況の、 重苦しい夢が多かったのだが、最近の夢に出てくる風景は、草木が たくさんあり、暖かい木造の建物も多い。 その明るい風景の中で、たくさんの“友だち”に出会う夢を見る。 そして、日を変えて何度も「同じ場所」を訪れることも増えた。 今、肉体を持って生きている「この世界」と、どこかでつながっ た「異世界」にも、自分自身の“居場所”を見つけつつあるのかも しれない・・・自分が存在できる世界は、自分自身の意識次第で、 いくらでも広げてゆけるものなのではないだろうか。 そう思うと、日々を楽しく生きてゆけるような気がしてくる。 人気ブログランキング←クリックしてね (o^-')-☆ 電網都市アルファポリス 投票してね (o^-')-☆
by komi-naoko
| 2005-05-27 13:00
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